足袋

江戸の着こなし 足袋編

足袋の種類

お祭りに使用する足袋は幾つかの種類があり、用途に分けて説明いたします。

地下足袋

地下足袋(じかたび)は、足の裏にゴム底がつき、足の指が親指と残りの二股に分かれている作業労働用の足袋で、足の爪先に力が入りやすいのが特徴です。雪駄や下駄などの履物を履かずに直に土の上を歩くための地下足袋と言われるようになりました。ちなみに地下は当て字です。

軽くて柔軟、同時に接地性に優れる特徴から、足場の悪い条件で作業をする場合に適しているため、農作業や大工、左官、鳶職など、主に建設作業に携わる方々が利用されていました。

ゴム底の取り付けには、糸による縫付式と、接着剤を用いた貼付式がありますが、近年ではソールにエアが入ったものがあり、スポーツシューズのような履き心地で神輿を担ぐ際には通常の地下足袋より疲れない仕様になっています。

ただ、価格も安い物が多く出回っているので、ソールが剥がれ落ちてしまうこともあり、お祭りが終わった後の道路にソールのみが落ちていることがよく見受けられます。

祭では、岡足袋やわらじ掛け、素足にわらじなどが基本的なスタイルでしたが、神輿を担ぐ人たちが利便性を求め、地下足袋を履くようなったと言われています。

仕様として、太い掛け糸に金属製のコハゼ(金具の名前)を掛けて着用し、用途により足首上までの短いもの(4枚・5枚・7枚のこはぜ)と、膝下近くまで覆う丈の長いもの(10・12・15枚こはぜ)があり、こはぜの枚数が丈の長さの目安となります。

岡足袋

岡足袋は、雪駄や下駄を履く際に着用する足袋です。その歴史は古く、奈良時代にはすでに原型が存在していたと言われています。当時は「襪(しとうず)」と呼ばれ、毛付のままの指先が分かれていない靴下状のものでした。その後、時代とともに改良を重ね、江戸時代には庶民の間にも広く普及するようになりました。

明治時代に入ると、西洋文化の影響を受け、靴下を履く習慣が一般化しました。しかし、雪駄や下駄を履く際には、足袋の方が滑りにくく、履き心地も良いことから、岡足袋は依然として重要な役割を果たしました。

現代では、祭りや伝統行事などの場面で岡足袋が着用されることが多く見られます。また、近年ではその機能性やデザイン性から、普段使いとしても注目を集めています。浴衣スタイルでは、くるぶしが出るくらいの短めの岡足袋が祭の夜に映えると思います。

祭での利用ですが、祭装束の股引を履いた際に岡足袋と雪駄がお祭りスタイルの見学睦にぴったりのアイテムです。また、雪駄の説明でもありますが、雪駄を履く際におすすめは、坪下がりで反りがある方が粋でカッコ良いですね。

わらじ掛け足袋

わらじ掛け足袋は、鎌倉時代から江戸時代にかけて庶民の間で広く履かれていた草鞋(わらじ)と合わせて着用されていた足袋です。草鞋は藁で作られており、素足で履くと擦れて痛かったり、藁が食い込んだりするため、わらじ掛け足袋を履いて保護していました。

江戸時代後期になると、下駄や草履が普及し始め、草鞋は徐々に姿を消していきます。しかし、祭りや神事などの伝統行事では、今でもわらじとわらじ掛け足袋が着用されています。特徴として、わらじ掛け足袋は、草鞋との摩擦を防ぎ、足に優しい履き心地を実現するために、草鞋の藁が当たっても痛くないように、かかとや足の指の間などの部分が厚手の生地で補強されており、草鞋の上で滑らないように、底には滑りにくい生地が使われています。また、鼻緒が当たる部分には、草鞋が当たっても破れにくいように、丈夫な生地で作られています。

わらじ/草鞋

草鞋は平安時代中期には一般庶民の履物として普及したそうで、牛や馬にも蹄鉄のかわりに専用のわらじが用いられたことがあったようです。日常生活においてはほとんど使用されなくなっていますが、祭り等の伝統行事における装束の一部として履かれるほか、沢登りなど一部用途においては柔軟で水中の苔の付着した岩でもグリップが利くことなどから登山用の実用品として販売している店舗もあるそうです。

現在では藁が手に入りにくいため、ポリエステル製の紐などでビール草鞋としてお祭りでは利用されています。また、ビニール草鞋の方が強度があるため、祭りでの利用はビニール草鞋をお勧めします。

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